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浦和地方裁判所 昭和52年(ワ)727号 判決 1983年1月18日

原告

桜沢鋳造株式会社

右代表者

神辺守一

右訴訟代理人

鈴木則佐

被告

坂富蔵

右訴訟代理人

菊地博泰

主文

一  原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  本件につき当裁判所が昭和五二年一一月一〇日になした強制執行停止決定は、これを取消す。

四  この判決は前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

被告から原告に対する川口簡易裁判所昭和三七年(ユ)第一二号建物収去土地明渡請求調停事件の調停調書に基づく強制執行はこれを許さない。

2  (予備的請求)

被告から原告に対する前記調停調書につき同裁判所が昭和五二年八月二二日付与した執行力ある正本に基づく強制執行はこれを許さない。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文一、二項と同旨。

第二  当事者の文張

(主位的請求関係)

一  請求原因

1 原告と被告との間には、昭和三九年七月六日成立した川口簡易裁判所昭和三七年(ユ)第一二号建物収去土地明渡請求調停事件(以下「本件調停」という。)の調停調書(以下「本件調停調書」という。)が存在し、右調書には、調停条項として次のような内容の記載がある。

一 略

二  被告は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を昭和三七年八月一三日原告に対し堅固な建物(工場)の所有を目的として次に掲げる条件により賃貸し、原告はこれを賃借した(以下「本件賃貸借」という。)。

(一) 賃貸借期間は昭和三七年八月一三日から起算して満三〇ヶ年とする。

(二) 賃料は、昭和三九年四月一日から一坪当り一ヶ月につき金四〇円の割合により毎月末日限り被告方に持参又は送金して支払う。

(三)、(四)、(五) 略

(六) 原告は、本件土地の転貸又は別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)等その地上建物の賃貸をしないこととし、借地権、建物等を譲渡する場合には、予め被告の書面による承諾を受けることを要する。

(七) 原告が(二)の昭和三九年七月一日以降の賃料の支払いを三ヶ月分以上遅滞したとき、又は他の条項に違反したときは、催告を要しないで被告は本契約を解除することができる。この場合には、原告は被告に対し第五項のとおり土地を明渡し、かつ損害金を支払う。

三、四 略

五 被告が第三項の未払賃料の支払い又は第四項各号の支払いを一回でも遅滞したときは、催告を要しないで本件賃貸借契約は当然解除される。この場合には、原告は被告に対し、直ちに、本件建物等本件土地上の建物一切を収去して本件土地を明渡し、かつ、契約解除の日からその明渡完了まで第二項(二)の割合による賃料相当損害金を支払う。

六、七 略

2 本件調停条項第二項(六)、(七)の定めは、強行法規又は公序良俗に反し無効である。

(一) 本件調停条項第二項(六)の定めは、本件土地の賃借人である原告に、一般に賃借人として負う法律上の義務以外の義務を課するものであるが、このように特約で新たな義務を賃借人に課するためには、契約時において当該義務を賃借人に課する合理的客観的な理由があり、かつ法律上の賃料支払義務、用法遵守義務と同一に扱う程の必要性がなければならない。しかるに、本件調停調書作成の際には、かような特約を設ける合理的客観的な理由ないし必要性は存しなかつた。

(二) すなわち、本件調停調書が作成されるに至つた経緯は次のとおりである。

(1) 昭和二〇年一一月訴外桜沢加代太と神辺守一(現・原告代表者)は川口市元郷町において共同で「桜沢鋳工所」の名称にてミシン部分品の鋳物製造業を始め、昭和二四年八月二六日法人成りして原告会社を設立し、桜沢が代表取締役に、神辺が取締役に就任し、事業を発展させていつた。

(2) そして、右元郷町の工場では手狭になつていたところ、昭和二五年五月頃本件土地を被告の先代坂文蔵より賃借して鋳物工場を経営していた訴外安達七郎が経営に行詰り、その負債の精算に本件土地上の鋳造工場(ほとんど木造)を手放す話が桜沢加代太の耳に入つたので、同人は直ちに安達及び坂と交渉に入り、原告が右工場を買取つて敷地を利用することについて坂の承諾を得、右工場を買取るに至つた。本件土地の賃貸借関係について坂との間で新たに契約書等は作成されなかつたものの、形式上桜沢加代太が賃借人となつていたが、実質上の借主が原告であることは坂において承知していた。原告は昭和二六年一一月本社及び工場を本件土地に移転し、爾来本件土地において鋳造品の製造加工を平穏公然に行つてきたのであり、借地の譲渡転貸を地主から問題とされたことは全くなかつた。

(3) 原告はもともと桜沢加代太及び神辺守一の二名で支えてきたものであるが、桜沢が高齢となつたので、昭和三二年に同人は代表取締役を降り、かわつて神辺が代表取締役に就任した。しかし、このことは経営行詰りから経営者を変更したというような背信的なことでは全くない。桜沢はその後も昭和四五年に死亡するまで原告の取締役として後見役をひきうけてきたのである。

(4) ところで、原告が安達七郎から買受けた鋳物工場は木造工場であり、右工場内に据付けたコシキ炉を使用して銑鉄鋳造を行つてきたが、構造上火災の危険があるとの指導を、原告は川口消防署から再三受けていたそのうえ、神辺守一が原告の代表取締役に就任後の昭和三七年頃右箇所からぼやが発生する事故があり、消防署から隣接建物との関係上厳重な注意を受けたので、原告においては、熔解炉をコシキ炉から改良型である野田式キューポラに替えるとともに、その格納場所として四坪位の部分を鉄骨構造にすることを企図した。そこで、事前に地主の了解を得るために昭和三七年七月頃原告の番頭格の訴外石塚を坂文蔵から本件土地を相続していた被告のもとへ遣わしたが、すぐには返事をもらえなかつたものの、改造部分がわずかであることや消防署からの改善命令が出されていたことなどから、原告は右工事を完成させた。

(5) ところが、被告は原告の右工事をとらえて、従来より原告が本件土地で営業していることを知りながら、明確な契約書がないことを奇貨として、できるだけ賃貸人の金銭的利益が増大する内容の契約書を作成することを企図し、地主に無断で借地人が変更になつたり、木造建物を堅固な建物に改築したかのごとく主張して本件調停申立をした。しかし、被告の真の狙いは、新契約書の作成と、原告の堅固な建物所有を認めるかわりに金銭的利益を得ることにあつた。仮に本件調停が不成立となり被告から建物収去土地明渡の訴訟が提起されたとしても、原告の側では信頼関係を破棄する行為はなく、敗訴するとは考えられない立場にあつた。

(6) 本件調停の際には、建物収去土地明渡の話は全くなされず、もつぱら金銭的条件について話し合いがなされた。原告の側から、工場を他に経営させたり他に賃貸したりせず自ら経営するから改めて本件土地を賃貸してほしいと申し入れたことはない。原告の側では代理人尾崎陞弁護士ほかから調停の経過について詳細な説明を受けておらず、調停成立前にポイントとして説明を受けたのは、「原・被告間の堅固な建物所有目的の土地賃貸借関係の設定及び右設定に伴う金三〇〇万円の支払方法」についてであつた。したがつて、原告代表者神辺守一及び桜沢加代太は調停成立の際尾崎弁護士とともに調停期日に出頭しているが、本件調停条項第二項(六)のごときものが加わつていることには気付かなかつたのである。

以上の経緯に照らせば、本件調停条項第二項(六)のような厳しい義務を原告に課し、その違反の場合には同項(七)により被告において賃貸借契約を解除することができ、原告は直ちに建物を収去して本件土地を明渡さなければならないというような苛酷な内容の特約を調停条項中に設けることの合理的客観的理由ないし必要性は存しなかつたというべきである。

(三) さらに、本件調停調書は第二項において原告と被告の間で期間三〇年間とする土地賃貸借契約を締結しているのであるが、同項(六)によれば、その全期間中本件建物を第三者に賃貸してはならないことになつている。しかし、そもそも借地上の建物については、これをどのように利用し使用するかは、直接土地の使用関係に変化を及ぼすものでない限り、その建物所有者たる借地人の自由であり、地主が干渉できる性質のものではない。したがつて、建物の賃貸借について地主の承諾がいるとの特約は、建物所有者の自由を不当に拘束するものとして、たとえ調停調書において定められたものであつても無効である。

3 よつて、原告は本件調停調書の執行力の排除を求める。

二  請求原因に対する認否、反論

1 請求原因1項の事実は認める。

2(一) 請求原因2項(一)の主張は争う。

(二) 同項(二)の(1)は不知。(2)のうち、本件土地を被告先代坂文蔵が所有していた当時安達七郎がこれを賃借して工場を経営していたこと、桜沢加代太が右安達から本件土地の賃借権を譲受けたことは認め、その余は否認する。(3)は不知。(4)のうち、桜沢が安達から買取つた工場が木造建物であつたことは認め、右工場でぼやが発生したことは不知、その余は否認する。(5)は否認する。(6)のうち、本件調停成立の期日に桜沢及び神辺が出頭したことは認め、右同人らがその代理人から説明を受けた内容は不知、その余は否認する。

(三) 同項(三)の主張は争う。

3 本件調停調書が作成されるに至つた経過は次のとおりである。

(一) 本件土地は、被告先代坂文蔵の時代に安達七郎に賃貸し、右安達が本件土地上で機械工場を経営していたところ、昭和二五年頃桜沢加代太から、右機械工場を買取つて個人経営でコシキ炉を使用して鋳物工場を営みたいとの申出があつたので、原告は、安達から桜沢への賃借権の譲渡を承諾した。ところが、その後被告不知の間に、右工場の経営者は原告という法人に変わり、その代表者も桜沢加代太の経営行詰りから神辺守一に変更になつた。本件のように小企業相手の賃貸借の場合には、賃借人の個人的資質を信頼して賃貸借契約を締結しているのであるが、右のような形で賃借人が交替することは、実質的に借地権の無断譲渡ないし転貸が行われたのと同様の結果になる。

(二) さらに、原告は昭和三七年七月頃、従来右工場で使用していたコシキ炉をキューポラに替えるため、被告に無断で、木造工場建物の一部を取壊してキューポラ格納用の鉄骨造り工場建物約36.05坪を新築した。

(三) そこで、被告は、桜沢加代太との間の本件土地の賃貸借契約を解除し、本件調停申立をなした。被告は、従前の経過に照らして、原告が脱法的な方法で賃借権の譲渡、転貸又はそれらに類似する行為をなすことを防止する必要があり、一方原告の側から本件工場を他に経営させたり、他に賃貸したり、経営者を交替したりせず自ら経営するので改めて賃借させてほしいとの申入れがあつたので、相互の納得のうえで、本件調停条項第二項(六)、(七)のような条項を含む調停が成立したものである。

4 土地賃貸借契約において、一定の範囲で借地上の建物の使用、処分に制限を加えることは、一般に当事者間で自由に合意しうることであり、右合意に反すれば、賃貸借契約解除の際の事由となるというべきであるから、本件調停条項第二項(六)、(七)のごとき条項も無効ではない。また、裁判上の和解又は調停によつて成立した土地賃貸借契約に関する合意は、それが明らかに賃借人に一方的な不利益を招来するものでない限り、当然には借地法一一条の適用はないものと解すべきであるから、この点からも本件調停調書の前記条項は有効である。

(予備的請求関係)

一  請求原因

1 主位的請求原因1項と同旨。

2 被告は、「原告は被告に無断で本件建物を訴外株式会社三ツ矢や訴外有限会社朝日合金に賃貸し、あるいは本件土地を駐車場として他に賃貸している。」旨主張し、昭和五二年六月一四日川口簡易裁判所に対し、本件調停調書につき原告に対する執行文付与の申立をなした(同裁判所昭和五二年(サ)第一八八号条件成就及び承継による執行文付与申立事件)。そして、同裁判所は、同年八月二九日本件調停調書に被告のため原告に対する執行文の付与をなした。

3 よつて、原告は本件調停調書の執行力ある正本に基づく強制執行の排除を求める。

二  請求原因に対する認否

すべて認める。

三  抗弁

1 原告は、昭和五二年四月頃本件土地の一部を訴外有限会社朝日合金に転貸し、同会社は右土地上に本件建物の一部約96.60平方メートルを所有して右土地を占有している。仮にそうではないとしても、原告は、少くとも右建物部分をそのころ同会社に賃貸し、使用させている。

2 原告は、昭和五一年九月頃本件建物のうち別紙物件目録(二)の符号2記載の附属建物を訴外株式会社三ツ矢に賃貸し、右建物部分を同会社に使用させている。

3 そこで、被告は昭和五二年五月一一日付内容証明郵便をもつて原告に対し本件調停条項第二項(六)違反を理由に同項(七)の規定に基づき本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は同月一二日原告に到達した。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1項のうち、有限会社朝日合金が本件建物たる既存工場の一部(但し、その床面積は約七〇平方メートルである。)を占有していることは認めるが、その余は否認する。

2 抗弁2項のうち、株式会社三ツ矢が被告主張の建物部分を占有していることは認めるが、その余は否認する。

3 抗弁3項の事実は認める。

五  再抗弁

原告代表者神辺守一は、有限会社朝日合金代表者田名網節子と共同事業を行うことを合意し、本件土地上の工場を原告において補修したうえ、その部分を同会社に使用させているに過ぎず、仮に建物の賃貸借にあたるとしても、原・被告間の信頼関係を破壊しない特段の事情がある。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠<省略>

理由

第一主位的請求について

一請求原因1項の事実、すなわち原・被告間に原告主張の本件調停調書が存在し、同調書に原告主張のとおりの条項の記載があることは、当事者間に争いがない。

二原告は、本件調停条項第二項(六)、(七)の定めが強行法規又は公序良俗に反し無効であると主張するので、検討する。

前記争いのない事実によれば、本件調停条項第二項(六)は、「原告は、本件土地の転貸又は本件建物等その地上建物の賃貸をしないこととし、借地権、建物等を譲渡する場合には、予め被告の書面による承諾を受けることを要する。」旨記載されており、また同項(七)によれば、「原告が右(六)に違反したときは、催告を要しないで被告は本件賃貸借契約を解除することができ、その場合には、原告は被告に対し本件土地を明渡さなければならない。」ものとされている。

ところで、本件調停条項第二項によれば、本件賃貸借契約は、昭和三七年八月一三日から期間三〇年とする堅固な建物(工場)所有を目的とする賃貸借契約である。右のように建物所有を目的とする土地賃貸借契約においては、借地人は一般に、借地上に自己が所有する建物を他に賃貸することは建物所有権に基づいて自由になし得るところであつて、借地人が借地上の自己所有建物を土地の賃貸人の承諾を得ないで第三者に賃貸して使用させたとしても、その故をもつて借地の無断譲渡転貸として土地の賃貸人が土地賃貸借契約を解除することはできないと解される。しかし、借地人が借地上の自己所有建物を他に賃貸して使用させることは、建物の使用を介して間接的な形においてではあつても、建物の敷地の使用・占有を必然的に伴うものであることに鑑みると、賃貸人と賃借人の合意により、借地上の建物を他に賃貸することを特約で禁止することは、それが賃貸借期間の全部にわたるものであつても、そのような特約をなす合理的客観的理由が存する場合には許されないものではないと解するのが相当である。そして、調停において、右のような特約が合意されるとともに、右特約に違反した場合には土地の賃貸人において土地賃貸借契約を解除することができ、そのときは賃借人は土地を明渡さなければならないとの条項が定められても、賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることに照らすと、右条項は、賃借人が土地上の建物を他に賃貸したすべての場合に当然に解除が効力を生じるものと解すべきものではなく、形式的には右特約に違反しても、賃貸人と賃借人との信頼関係を破壊するに至らない特別の事情のある場合には、右条項に基づく賃貸借契約の解除は効力を生じないものと解すべきであるから、このような制約の存することを前提とする以上右条項を無効とすべき理由はない。

そこで、本件調停条項第二項(六)のごとき条項を設けることの合理的客観的理由が存したか否かについて検討するに、本件土地は被告先代坂文蔵が所有していた当時安達七郎が賃借して木造建物の工場を経営していたこと、桜沢加代太が右安達から右工場を買取り本件土地の賃借権を譲受けたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、原告は、ミシン附属品製造販売を目的として川口市金山町を本店所在地として昭和二四年八月二六日設立登記がなされ、桜沢加代太及び神辺守一の両名が代表取締役に就任したこと、右両名の間には親戚関係があり、共同で事業を始めたが、神辺の方は当時まだ若年であり、桜沢が主体となつて事業を行つていたものであり、昭和二五年頃原告の工場が本件土地に移転した際にも坂文蔵や安達との交渉は桜沢がしたこと、その後昭和二六年に坂文蔵が死亡し、遺産分割により被告が本件土地を所有するに至つたこと、本件土地に移転した原告の工場では熔解炉としてコシキ炉を使用していたが、熔解炉の火が付近の原告工場建物に飛び移つてぼやが発生するという事故が二、三回起き、昭和三七年頃熔解炉をより性能の良い野田式キューポラに切り替えたがやはりぼやが発生し、消防署から隣地の建物への延焼のおそれがあるとして厳重な注意を受けたこと、そこで原告では工場建物のうちキューポラの周辺部分を鉄骨造りの構造に改築することを企図し、原告の番頭格であつた石塚某を被告のもとへ遣わして承諾を得ようとしたが、すぐには得られず、承諾を得ないままに右改築工事に着手したこと、ところが、被告から桜沢及び原告に対し、「本件土地の賃借人が当初桜沢加代太個人であつたのに原告に変更になり、その経営者も桜沢から神辺に変わつたこと、及び鉄骨工場を建築することの同意を求められ断わつたにもかかわらず勝手に建築したこと」を理由に賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと、さらに、被告は、原告及び桜沢を相手方として昭和三七年に川口簡易裁判所に本件調停の申立をしたこと、その後の調停の過程で被告側は本件土地の明渡を求めることは事実上断念し、その後は和解金の金額や賃貸借の条件についての折衝が重ねられ、調停成立前にあらかじめ双方の代理人の間では本件調停条項第二項(六)、(七)のごとき条項を含む調停案が検討されたこと、当時原告においては本件土地で継続して従来の鋳物業を営む予定であり、本件土地上の建物を他に賃貸する予定は全くなかつたこと、本件調停が成立した昭和三九年七月六日の期日には申立人である被告本人、その代理人の奥田三之助弁護士、相手方である原告代表者兼利害関係人の神辺守一、相手方である桜沢加代太、右相手方及び利害関係人の代理人の尾崎陞弁護士が出頭していること、本件調停条項第一項において被告と桜沢加代太間の本件土地の賃貸借契約が昭和三七年八月一二日限り解除されたことが確認され、同第四項において原告が被告に対し示談金等として金三〇〇万円を支払うものとされていること、大要以上の事実を認めることができ、原告代表者尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して措信せず、他に認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の事実に基づいて考えるに、本件調停時において、本件土地の賃借人である原告ないしは桜沢加代太の側に賃貸人である被告との信頼関係を破壊するような背信行為があつたといえるか否かはにわかに断じ難いけれども、双方の間で借地人の交替及び借地上の建物の堅固建物への改築をめぐつて紛争が生じていたものであること、本件建物は調停後も引続き原告が鋳物業の工場として使用することが予定されていたこと、前記ぼやの発生の事実からも看取されるように、本件建物が町なかの小規模の鋳物工場であることの性質上、そこで実際に事業をするのが誰であるかということについて土地の賃貸人としても関心を持つのが当然であること、調停成立時の状況をみても、本件調停調書に本件調停条項第二項(六)、(七)のごとき条項が存することを原告の側で十分認識し、了解していたものと推認されること等の事情を総合すると、本件調停調書に右第二項(六)、(七)の条項を設ける合理的客観的理由があつたものと認めるのが相当である。

他に、右条項が強行法規又は公序良俗に反すると認めるに足りる証拠はない。

三そうすると、本件調停条項第二項(六)、(七)の定めが無効であることを主張して本件調停調書の執行力の排除を求める原告の主位的請求は理由がない。

第二予備的請求について

一予備的請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二抗弁について判断する。

1  まず被告は、有限会社朝日合金が本件土地の一部の上に建物を所有しており、原告がその敷地を同会社に転貸したと主張する。

<証拠>によれば、昭和五二年四月頃有限会社朝日合金代表取締役田名網節子と原告代表取締役神辺守一の間で、右有限会社朝日合金の事業を共同して経営することを合意し、その頃同会社も費用を負担して本件建物のうち工場(別紙物件目録(二)記載の主たる建物部分)の南側部分を改築し、右改築部分約七八平方メートルを含めて右工場の相当部分を同会社が使用するに至つていることが認められる(同会社が工場の一部を占有していることは、当事者間に争いがない。)ところ、<証拠>を総合すれば、右改築部分はもともと工場の下屋部分であつたところで、昭和五二年四月当時腐朽が激しくその修復を要したが、同時に有限会社朝日合金の要請により新たに事務所として使用できるように改築されたこと、右改築部分と工場の本体部分とはトタン板の壁で仕切られてはいるけれども開口部分があつて相互に出入できるようになつており、改築部分のうえ本体部分と接するところでは双方の屋根が接合されているほか改築部分の柱が本体部分の柱と接合され、改築部分の梁の端部が本体部分の柱に縛結されていること、したがつて、仮に本体部分を取除けば構造上改築部分が倒壊するおそれがあることが認められ、<反証排斥略>。右認定の事実によれば、右改築部分は構造上建物としての独立性を欠くものと認めるべきであるから、本件建物に附合し、その所有者たる原告の所有に属するものというべきである。してみると、右改築部分の敷地を原告が有限会社朝日合金に転貸したものとは認められず、他に原告が本件土地の一部を同会社に転貸したと認めるに足る証拠はない。

2  次に、被告は、原告が本件建物の一部を有限会社朝日合金に賃貸した旨主張するので検討するに、<証拠>によれば、昭和五二年四月以降有限会社朝日合金と原告代表者との合意に基づき、前記改築部分を含めた本件建物の工場部分のうち約二五〇平方メートル余を有限会社朝日合金がその事業のために使用していることが認められるけれども、同会社が右工場使用に関して原告に対し賃料を支払つているとの事実はこれを認めるに足る証拠がない。しかし、本件調停条項第二項(六)が本件建物の「賃貸」を禁止した趣旨は、原告以外の者が本件建物を使用収益することを排除する目的に出たものと解されるから、たとえ建物の賃貸借契約が締結されていなくても、第三者が原告から独立した地位で現実に本件建物を使用収益する場合も右「賃貸」に含まれるものと解するのが相当である。そうすると、前記認定の有限会社朝日合金が本件建物の一部を使用している事実は、本件調停条項第二項(六)の定める「賃貸」に該当するものと認めるのが相当である。

3  さらに、本件建物のうち別紙物件目録(二)の符号2記載の附属建物を株式会社三ツ矢が占有していることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、株式会社三ツ矢は精密部品の製造及び販売等を業とする会社であるが、その代表取締役大橋哲郎がかつて原告の取引銀行における貸付担当者であつたことから、原告は同人の依頼により昭和四八年頃から右建物部分を同会社の商品置場として使用させるようになり、昭和五一年頃からは、年間一二、三万円を対価としてもらうようになつたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、原告は本件建物の一部たる前記建物部分を株式会社三ツ矢に賃貸しているものというべきである。

4  抗弁3項の事実は、当事者間に争いがない。

三再抗弁について検討する。

昭和五二年四月頃原告代表者と有限会社代表者との間で共同して事業を行うことの合意ができ、本件建物の工場部分の一部を改築したうえ、右工場建物のうち約二五〇平方メートル余を朝日合金が使用していることは先に認定したとおりであるところ、<証拠>によれば、原告は、本件土地周辺で公害問題がやかましくなつたことなどから昭和四七年七月頃工場を蓮田市に移転し、本件建物は事務所、製品の置場、車庫等として使用するようになつたこと、その後オイルショックにより原告の経営は苦しくなり昭和五一年頃一億数千万円の負債を抱えて事実上倒産し、負債の返済のため蓮田市の工場は売却し、それ以後原告としての事業は行つていないこと、その後原告代表者は本件建物を利用して囲碁クラブや学習塾を開いたりしたが長続きしなかつたこと、一方有限会社朝日合金は川口市において非鉄金属機械部品の組立及び販売を業とする会社であるが、同会社の内部事情から工場用建物を物色していたところ、同業者の紹介により本件建物の利用を企図していた原告代表者神辺を知り、神辺から本件建物の一部の提供を受け、一方神辺は有限会社朝日合金の取締役に就任したが、現実には同会社から毎月一定の給料を支給されて月の半分位同会社の得意先まわりの仕事等をしている程度であること、が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は事実上倒産しており、有限会社朝日合金による本件建物の使用について、原告代表者との共同経営という形をとつているとはいつても、その実質は、原告代表者は本件建物を提供したのみでその後は使用人と大差ない立場にあつて、同会社の営業に支配権を及ぼしているとは考え難いから、原告が同会社に本件建物の一部を使用させていることが、本件調停条項二項(六)、(七)の定めに基づく本件賃貸借契約の解除の効力を認めることが合理的とはいえないような、原・被告間の信頼関係を破壊しない特段の事情があるとは認め難い。他に右事実を認めるに足る証拠もない。

よつて、再抗弁は採用できない。

四以上によれば、本件調停条項第二項(六)、(七)につき執行文を付与すべき条件が成就したものというべきであるから、右執行文の付された本件調停調書の正本に基づく強制執行の不許を求める原告の予備的請求は理由がない。

第三結論

よつて、原告の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、強制執行停止決定の取消及びその仮執行の宣言につき民事執行法(昭和五四年法律第四号)による改正前の民事訴訟法五四八条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (小松一雄)

物件目録<省略>

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